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2011/03/05

長野市民会館50年の記憶(その4)

本日、「長野市民会館50年の記憶」が校了いたしました。
れもんちの皆様、本当にご苦労様でした。そしてありがとうございました。
長野市民会館記録編集会議(れもんち)は、
昨年7月頃から始まった「もんけん」の分科会です。
長野市民会館の記録を残したいと願う人が集まり、
書籍として形に残せることができるのはとてもうれしい。
なぜ記録を残したいと願うのか。何のために本をつくるのか。
れもんちの活動に参加して下さった方々にも様々な理由があると思います。
その中で、自分が記録を残したいと思った理由は、
ある意味非常に個人的なものだったのかもしれません。
長野市民会館は50年前に建築家、佐藤武夫により設計され建設されました。
その時、佐藤武夫設計事務所のスタッフとして、
この長野市民会館の設計監理を担当したのが、建築家宮本忠長でした。
その後、宮本はその仕事がキッカケとなり、長野に戻り自ら設計事務所を始めます。
数十年後、私はその事務所に入所し、そこで約十年間いろいろな事を経験し、
いろいろな事を学ばせて頂きました。
現在の自分をかたちづくる大きな部分が、
宮本忠長事務所での経験とは切り離せないものとなっています。
その経験がなければ、ボンクラのような活動を始める事も、
こんなにたくさんの人とのすばらしい出会いも無かったかもしれません。
つまり、もし長野市民会館がなければ今の自分や自分を取り巻く状況は
起らなかったとも言えます。
飛躍した考え方かもしれませんが、私にとって長野市民会館とは
人生を方向付ける、たくさんの要因の中のひとつだったのです。
そんな市民会館がこの世から無くなるという事は寂しいけれど、
それは時代の流れで仕方がないとも思っています。
でも、それ以上に切ないと思うのは、例えば街なかに突然現れた空き地を見て、
昨日まで、そこに何があったか思いだせなくなるような”無くし方”だったのです。
まるで、自分の一部がこの世界になかった事にされるような疎外感。
私のような関わり方ではなくても、当時建設に携わった方、演劇や演奏で市民会館を使用した方、
コンサートなどを見に行った方、運営されていた方、そういう方々と関わった方々・・・。
多くの人の存在の一部を否定するような”無くし方”を平気でする社会は、
なんだか住みづらいと感じるのです。
だから多くの人との関わりをもつ長野市民会館の記録を残すことに、
大きな意義があると思います。

●判型/A5判、88ページ
●発行/信濃毎日新聞社
●企画/長野市民会館記録編集会議「remonch」
●価格/1,050円(税込)
●発売/平成23年3月20日(日)
申し込みは
E-mail : remonch50@gmail.com
FAX :026-262-1178(担当 宮本

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