楽しき住家(じゅうか)
約1年前になるが、ある住宅の実測調査をするご縁があり、その住宅の設計者が「西村伊作」であることを知った。「西村伊作」を文化学院の創立者としてご存知の方もいると思うが、西村伊作は大正から昭和初期にかけて日本人の生活改善や住宅改良を訴え幾つもの住宅を設計した建築家でもある。
さて、聞くところによるとその住宅は大正12年に建設されたというから、かれこれ80年近い時が流れていることになる。しかしながら外観を見る限り老朽化はしているものの、その佇まいは今見てもとても美しい。
他の日本の住宅は大正期に入っても、ほとんど江戸期とさして変わらないものであっただろう。
外国人別荘でもなければ大富豪の洋館でもない地方の小さな住宅が、大正デモクラシーの時代をよく表していることに素直に驚いた。政治面だけではなくあらゆる面で今後の日本人のあるべき姿を模索し、個人住宅のような小さなものでも、従来の形式からの改革に真剣に取り組んでいたことが伺える。そして、決して材料や工法が優れているというわけではないこの建物が80年の歳月を生き抜いてきた事実にも目を向けなければならない。
ふと思ってしまう。
最近の現代住宅は、はたして80年間そこに建ち続けることができるだろうか?
劣化対策が進んでいる住宅ならば耐久年数が80年くらいの建物は多いと思うが、本当に80年後そこに建ち続けているかどうかはモノの耐久性とは別問題のような気がする。
80年といえばおよそ3世代に渡る。その家を建てた先代はもうこの世にはいなくて、その次の代も高齢になり孫の世代に引き継ごうかというタイミング。実測調査で住人にお話をお聞きして感じたことは、その家を建てた当時の話を皆がよく覚えていて、それが語り継がれているという事だった。そして皆が家に対する先代の想いを尊重し、多少不便はあっても少しずつ改善しながら大事に家を守ってきた様子が伺えた。結局のところ“人の気持”がこの家の寿命を長くしているのだ。
耐震性能や耐久性や設備の更新性などはとても大事な要因であると思う。でも住む人に愛されない建物になってしまったら建物の寿命はそこで終わりではないかとも思う。
西村伊作は彼の著書「楽しき住家(じゅうか)」でそれまでの封建思想に立脚した住居形式ではなく、家族皆が楽しく暮らせるような家庭生活を重視した居間を中心とする家族本位の住宅を提唱し、自ら建築設計事務所を開設してその普及に努めた。この家の家族が守ろうとしてきたものは建築そのものというよりは、その建築に込められた思想と先代の想いであったのだろうと思う。